「日本の原子物理学の父」仁科芳雄博士の生家を修復し、次世代に引き継ぎたい!!

「日本の原子物理学の父」仁科芳雄博士の生家を修復し、次世代に引き継ぎたい!!

岡山県里庄町 岡山県里庄町

寄附総額142,000

0 達成

目標金額500,000,000

寄附人数6

残り日数 727/730

プロジェクトに寄附(返礼品なし)

最終更新日時:2025年04月03日 01時00分

  • # 文化・伝統・祭り
岡山県里庄町 プロジェクトオーナー

岡山県里庄町

里庄町(さとしょうちょう)の面積は約12㎢とコンパクトな町で、町の中央部を東西に国道2号、JR山陽本線、北部には山陽自動車道が通るなど交通の利便性が高く、穏やかな瀬戸内の気候と、自然災害の少なさから、製造業を中心とする多くの優良企業が立地しています。
また、岡山市、倉敷市の都市圏や広島県福山市の都市圏にも近いため、都市機能も実感しながら生活でき、住宅都市として住みやすい町となっています。

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「日本の原子物理学の父」仁科芳雄博士の生家を修復し、次世代に引き継ぎたい!!

「環境は人を創り、人は環境を創る」の理念を大切に!

仁科芳雄博士生家

仁科芳雄博士生家

岡山県里庄町にある「仁科芳雄博士生家」は、「日本の原子物理学の父」として知られる科学者 仁科芳雄博士が高等小学校を卒業する14歳まで過ごしたところです。
江戸中期から後期の備中南部の庄屋建築の様式を踏襲しており、その屋敷構えは、地方の名家らしい風格を備えています。
全国的にも江戸時代の庄屋屋敷で現存するものは少なく、建築史の上からも重要な建築物です。また、生家は里庄町の史跡として指定されています。

里庄町は、博士の親族から昭和53年(1978年)にこの屋敷を譲り受け、修復し、昭和57年(1982年)から一般公開しています。
博士の遺徳を顕彰し、長く後世に伝え、子どもたちの励みにするとともに、少しでも科学の進展に寄与できればと願っています。
里庄町では、博士の顕彰事業として、ロボットコンテスト、理化学研究所里庄セミナー、仁科芳雄博士生誕日記念科学講演会、中学生国内派遣研修、仁科賞及び仁科芳雄賞の授与式を行っています。
これらの事業を通じて、博士が生前大切にしていた「環境は人を創り、人は環境を創る」という理念を子どもたちに伝えています。

生家は、昭和の修復から40年以上が経過して傷みが大きくなり、全面的な修復が必要となりました。
修復には、江戸時代の庄屋建築の技法を用いて、その風格を損なうことなく行わなければなりません。
博士の生家を次世代に引き継ぎ、その理念を継承するために、皆様のご支援・ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

左:ロボットコンテスト 右:科学講演会

左:ロボットコンテスト 右:科学講演会

仁科芳雄博士

仁科芳雄博士 仁科芳雄博士 仁科芳雄博士(1890~1951年)は、「日本の原子物理学の父」として知られる岡山県里庄町が誇る偉人です。
理化学研究所に入所後、ヨーロッパに留学し、デンマークではノーベル賞受賞者で量子論の創始者ニールス・ボーア博士に師事して5年間指導を受けました。
大正14年(1925年)には「量子力学」が完成し、博士はその誕生に立ち会った唯一の日本人となりました。
昭和3年(1928年)には、現在もエックス線天文学などで用いられる「クライン・仁科の公式」を導出し、物理学の歴史に名を残しました。同年、帰国後は理化学研究所で仁科研究室を主宰して、昭和12年(1937年)には日本初のサイクロトロンを完成させるなど、現代物理学研究の一大拠点を創り、ノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士や朝永振一郎博士をはじめ、数多くの俊英を育てました。

博士の研究は、理化学研究所仁科加速器科学研究センターに受け継がれています。
日本初となる新元素ニホニウムの発見は、平成27年(2015年)に仁科加速器科学研究センターで成し遂げた業績です。
令和7年(2025年)は、博士が日本に広めた現代物理学の金字塔「量子力学」の完成から100年の節目を迎えます。クラウドファンディングを通じて、博士の偉業について知っていただく機会になればと思います。

仁科芳雄博士生家

仁科家は庄屋として、浜中村(現・浅口郡里庄町大字浜中)の村政を担っていました。博士の祖父・仁科存本(ありもと)は、天保13年(1842年)に摂津麻田藩の飛び地である浜中村・上新庄村・下新庄村・小田郡関戸村の4つの村の代官を任ぜられました。
博士は、存本の四男存正(ありまさ)と津禰(つね)の第8子として産まれ、多感な少年時代を生家で過ごしました。博士の勉強部屋は2階にあり、勉強の合間に西の窓から海を眺めていたと伝えられています。
博士はしばしば「僕は岡山の田舎の出でね・・・」と思い出を語り、生家を心のふるさととして郷愁と愛着を持ち続けました。
敷地内には庭門があり、その瓦には仁科家の家紋が入っています。少年時代に身体を鍛えるために父や兄弟と行った冷水摩擦にちなんだ井戸も現存し、豊かに水を湛えています。
風呂場は、明治30年代頃に制作された瀬戸焼のタイル貼りで意匠を凝らしています。特に手書きのタイルは貴重なものです。
庭園には、冬の椿、早春の梅、陽春の桜(仁科蔵王)、新緑のさつきを経て初夏の泰山木などがあり、四季折々の風情を楽しむことができます。また、博士もその花を愛でたと伝わる梅の老木が今も残り、毎年3月第2日曜日には観梅会を開催しています。
また、博士の生誕日12月6日には、勉学で功績のあった里庄中学校3年生を対象とした仁科賞授与式を生家で開催しています。

仁科芳雄博士生家の現状

主屋、離れ、蔵、門の屋根瓦自体の傷みが著しく、このままの状態が続けば、雨漏りなどにより建物へ悪影響を与え、瓦のズレや滑落により安全性が損なわれかねない状況です。
また、建物の歪みや床面のたわみもあり、博士が幼少期に過ごしたとされる2階の公開が難しく、離れはシロアリの被害もあり、特に内部に損傷を受けていることから公開が難しい状況です。

仁科芳雄博士生家
仁科芳雄博士生家
仁科芳雄博士生家
仁科芳雄博士生家

令和8年度(2026年)整備事業着手、令和9年度(2027年)の工事着工を目指して

整備内容

・木工事(軒廻り、床壁)

・屋根工事(主屋、離れ、蔵、門)

※修復は、建築当時の技法を用いて行う予定です。

事業スケジュール

・令和8年度 設計 着手

・令和9年度 修復工事 着工

寄附金の使い道

皆様からいただいたご寄附は、必要経費を除き、仁科芳雄博士生家の修復費用に充てさせていただきます。

※目標金額以上のご寄附を頂いた場合には、本プロジェクトの趣旨に沿った事業や博士の顕彰事業に活用させていただきます。目標金額に達しなかった場合は、ご寄附いただいた金額により事業を実施いたします。

寄附者の皆様へ

里庄町長 加藤 泰久

里庄町長 加藤 泰久

里庄町では、公益財団法人科学振興仁科財団を設立し、「科学する心の育成」と「科学教育の振興」を図るため、ロボットコンテストや博士生誕日記念科学講演会などの顕彰事業を通し、心身ともに健全な青少年の育成を目指しています。
博士が、「環境は人を創り、人は環境を創る」と述べておられることに鑑み、昭和57年(1982年)に博士の生家を修復し、博士ゆかりの品々を展示して、在りし日の博士を偲ぶ場として公開しています。
全国のみなさまのお力をお借りして、博士の生家を修復し、次の世代に引き継ぐためのご支援を心よりお待ちしております。

※プロジェクトの成果情報は申込み時のデータであり、実際に入金されたデータではありません。

※入金の確認が取れた時点などで正確なデータに修正させていただく場合があります。

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