25年前、世界遺産・平城宮跡の正門に掲げられた扁額。この扁額にある「朱雀門」の三文字を鮮やかに再生したい!!

25年前、世界遺産・平城宮跡の正門に掲げられた扁額。この扁額にある「朱雀門」の三文字を鮮やかに再生したい!!

奈良市教育委員会文化財課 奈良県奈良市

寄附総額400,000

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目標金額4,000,000

寄附人数25

残り日数 0/90

プロジェクトに寄附(返礼品なし)

最終更新日時:2024年01月30日 01時00分

  • # 文化・伝統・祭り
奈良市教育委員会文化財課 プロジェクトオーナー

奈良市教育委員会文化財課

奈良市(ならし)には貴重な歴史遺産である多くの文化財があります。古いものをそのまま守り伝えているだけ、と思われがちですが、いえいえそんなことはありません。文化財を活かすユニークな取り組みを次から次へと展開しており、文化財の現場は「古いのに新しい」というのが実情です。文化財を通じて“Old History,New Discovery.”の町づくりを進めています。

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朱雀門とともに四半世紀25年の風雨に耐えた扁額…。世界遺産の正門にふさわしい扁額の輝きを再生したい!

奈良にとっての平城宮朱雀門とは

唐の長安を模したとされる奈良の都・平城京。北に天皇の宮殿と多くの役所からなる平城宮が置かれ、この平城宮から南へ伸びる幅約70mの朱雀大路がメインストリートとなり、道路は碁盤の目のように整然と区画されていました。そして朱雀大路の起点、かつ平城宮の正門として南面して建っていたのが朱雀門であり、「朱雀大路」、「朱雀門」という名称は天の四方を司る四神(青龍[東]・白虎[西]・朱雀[南]・玄武[北])の「朱雀」に因むものです。諸外国の使節や日本各地から平城京を訪れた人たちに、朱雀門がその威容を誇ったことは想像に難くなく、古代の奈良にとって極めてシンボリックな建物であったといえます。

朱雀門正面全景

朱雀門正面全景

朱雀門扁額の制作・設置までの経緯

都が京都に移った平安時代になると、平城京は現在の奈良旧市街地を除き、大半が田畑に姿を変え、長くその存在は忘れられていました。しかし、近代になると平城宮の歴史研究と保存活動が始まり、昭和40年代からは発掘調査の成果に基づく整備がおこなわれるようになりました。そして平成10年、平城宮跡が世界遺産「古都奈良の文化財」のひとつとして登録されるとともに、平城宮にあった主要な建物のなかの最初の復元として朱雀門が完成しました。
奈良市ではこの朱雀門の復元を記念して、門の正面に掲げる「朱雀門」と大書した扁額を復元することを計画し、奈良市出身で芸術院会員の書家・今井凌雪氏に揮毫をお願いしました。
形や彩色については、奈良時代にふさわしい様式に倣うものとし、縦271.4cm、横214.2cmもある大きな扁額ができあがりました。平城宮のシンボルともいえる朱雀門、その門のシンボルである扁額を奈良市が制作・設置したのです。

今井凌雪(いまい りょうせつ)(1922-2011)

書家。奈良市出身。筑波大学名誉教授。恩賜賞・日本芸術院賞受賞、勲三等瑞宝章を受章するなど、現代書壇を代表する巨匠。文部科学省の省名表札や、黒澤明監督の映画「乱」、「夢」の題字なども揮毫。

朱雀門に掲げられている扁額

朱雀門に掲げられている扁額

扁額設置断面図

扁額設置断面図

修繕が必要になった朱雀門扁額

扁額の額面は深みのある朱色で、堂々とした力強い漆黒の楷書「朱雀門」の三文字が彫り込まれています。まさに平城宮の正門・朱雀門にふさわしい扁額ですが、掲げられてから四半世紀、およそ25年が経ち、額面の退色が進んだことで、肝心の「朱雀門」の文字が読みづらくなってしまいました。
近年、朱雀門のすぐ南のエリアで史跡公園としての大規模な整備がおこなわれ、「朱雀門ひろば」がオープンするなどにぎわいを増しています。朱雀門がよりシンボリックな存在となったにもかかわらず、扁額の「朱雀門」という文字が読みづらいままであるため、この門こそが朱雀門であると十分に理解してもらえない状態になっています。
そこで奈良市では扁額の額面の修繕(塗り直し)を計画するとともに、その費用についてできるだけ多くの皆さんにご協力をお願いすることにしました。

左:復元直後の扁額 右:現状の扁額

左:復元直後の扁額 右:現状の扁額

朱雀門扁額の修繕の進め方

4,000,000円のご寄附を募ります。
いただいたご寄附は扁額の額面修繕(塗り直し等)に充てさせていただきます。
目標額を上回った分のご寄附は、当市の文化財保護に活用させていただきます。
修繕作業は、扁額をいったん門から降ろし、工房内に搬入しておこないます。扁額は2m以上の大きさで、相当重いため、現場に扁額と同じ高さまで作業員用の足場を組み上げ、さらに地上から大型クレーン車のアームを伸ばして吊り降ろします。そして工房内にて伝統的な建築彩色に精通した職人によって、額面の塗り直しをおこないます。塗り直し終わると再び朱雀門の足場を組み、大型クレーン車を用いて、扁額を再び朱雀門に掲げます。
予定では、扁額の吊り降ろしは令和5年12月におこない、翌年2月末までに門に戻します。来春には、平城宮跡を訪れる皆様に、力強い「朱雀門」の文字がハッキリと読める扁額をご覧いただけるようになります。

奈良市教育委員会文化財課より

朱雀門は、平城宮にあった主要な建物のなかの最初の復元として平成10年に完成しました。復元当時は周辺に平城宮跡に関連する目立った施設がなく、しかも門の南近くには大きな工場がありました。そのためか、ポツンと朱雀門のみが建つ、少し寂しい雰囲気が漂い、訪れる人も決して多くはありませんでした。
しかしその後、大極殿正殿(平成22年)、大極門(令和4年)と、平城宮の主要建物の復元が完成し、かつての宮の壮麗さがよみがえりつつあります。さらに朱雀門の南は、工場移転ののち、各種のガイダンス施設を含むエリアとして整備されました(平成30年)。これにより、一気に朱雀門周辺の雰囲気が大きく変わり、多くの人が訪れる奈良の新しい観光スポットが誕生したのです。今、朱雀門は公園エントランスゾーンのシンボルとしてまさに威容を誇っていますが、その門に掲げられた肝心の扁額が「あれには何て書いてあるの?」という状態です。この扁額を鮮やかによみがえらせるため、皆さんのご協力をお願いするものです!

朱雀門前で開催される「天平祭」

朱雀門前で開催される「天平祭」

※プロジェクトの成果情報は申込み時のデータであり、実際に入金されたデータではありません。

※入金の確認が取れた時点などで正確なデータに修正させていただく場合があります。

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