大坂夏の陣から400年の時を経て蘇る!地下に眠り続ける豊臣秀吉が築いた初代大坂城の石垣公開に向けて!大坂城豊臣石垣公開プロジェクト

大坂夏の陣から400年の時を経て蘇る!地下に眠り続ける豊臣秀吉が築いた初代大坂城の石垣公開に向けて!大坂城豊臣石垣公開プロジェクト

太閤なにわの夢募金実行委員会(大阪府大阪市) 大阪府大阪市

寄附総額3,887,000

0 達成

目標金額8,500,000

寄附人数55

残り日数 0/46

プロジェクトに寄附(返礼品なし)

最終更新日時:2023年01月01日 01時00分

  • # まちおこし
  • # 観光促進
太閤なにわの夢募金実行委員会(大阪府大阪市) プロジェクトオーナー

太閤なにわの夢募金実行委員会(大阪府大阪市)

大阪市が推進する「大坂城豊臣石垣公開プロジェクト」の周知啓発と、石垣公開施設の整備のため「太閤なにわの夢募金」への皆様からのご寄附を促進する活動をしております。

大阪府大阪市の
ふるさと納税をもっと見る

大坂夏の陣から400年の時を経て、地下に眠り続ける秀吉が築いた初代大坂城の石垣を掘り起こし公開します!

大坂城豊臣石垣公開プロジェクトとは

豊臣秀吉が天下統一の拠点として築城した初代の大坂城は、1615年の大坂夏の陣で豊臣方が敗れた後、徳川幕府が豊臣大坂城を覆い隠すように新しい大坂城を築いて以来、今も地下に眠り続けています。
その初代大坂城の石垣を掘り起し、いつでも見ていただける施設をつくろうというのが「大坂城豊臣石垣公開プロジェクト」です。
大坂夏の陣から400年の時を超えて、歴史ロマンあふれるこのプロジェクトが成功すれば、秀吉が築いた“三国無双の城”と徳川幕府の再築による“日本一の石垣の城”を見比べて、激動の大阪城の歴史を体感していただける場所となるでしょう。
この石垣公開施設の整備に向けて、「太閤なにわの夢募金」へのご寄附をお願いしています。
大阪を元気にするこのプロジェクトに、皆さまのご支援をお願い申し上げます。

謎の地下石垣の発見

昭和34(1959)年、「大坂城総合学術調査」において、思いがけない発見がありました。上町台地の地質を調査するために行ったボーリング調査で、地下約9.3mの位置から石垣と考えられる花崗岩が確認されたのです。
そこで、花崗岩が見つかった地点を中心に3m四方の範囲を掘り下げる調査が行われました。その調査によって地下7.3mの位置で石垣が発見されました。見つかった石垣は高さ4m以上あり、石垣上端には粘土がはられ、その上面は火災によって火を受けていました。

地下石垣

見つかった石垣はいつ造られたのか

当時の新聞には、秀吉の城発見か、と大きく取り上げられました。見つかった石垣の石は、現在の大阪城の石垣と比べると、小ぶりの自然石が用いられており、石の積み方も「野面積」といわれる古いものでした。しかし、調査団は豊臣期の石垣であると断定することには慎重でした。
ところがその翌年、偶然にも豊臣氏の大坂城本丸図が東京で発見され、その詳細な検討から、発見された石垣が豊臣氏大坂城の本丸「中ノ段帯曲輪」の石垣であると考えられるようになったのです。

たび重なる偶然の大発見

昭和59(1984)年に行われた「金蔵」東側の水道工事に伴う調査で、またもや地下石垣が見つかりました。石垣の上端は地表下1.1mという浅いところにあり、石垣の高さは約6mありました。石垣が築かれた地面の高さは、昭和34年に発見された石垣上端の高さとほぼ同じで、石垣が築かれた地面が中ノ段帯曲輪、上端の地面が「詰ノ丸」であることが明らかとなったのです。

平成26年に再発掘した豊臣石垣

平成26年に再発掘した豊臣石垣

大阪城断面模式図

大坂城豊臣石垣公開プロジェクトの開始と姿をあらわした石垣

世紀の大発見であったこれらの石垣は、調査が終わると再び埋め戻され、現在の大阪城では豊臣時代の大坂城の石垣を見ることはできません。
そこで、大阪市は、平成25(2013)年、秀吉の大坂城の石垣を掘り起し、いつでもご覧いただける公開施設の整備を進めることとしました。

特別史跡大坂城跡の特徴である歴史の重層性を象徴する遺構のひとつとして、豊臣期大坂城の詰ノ丸石垣を露出公開展示し、大阪城の本物の歴史文化を体感できる施設をめざしています。

完成イメージ(外観)

完成イメージ(外観)

完成イメージ(内部)

完成イメージ(内部)

令和2年3月から実施してきた特別史跡大坂城跡の発掘調査により、それ以前の調査で未発掘だった部分も含め、展示施設にかかる予定範囲内の石垣を全て発掘し、令和3年2月に一般公開しました。

令和3年2月の一般公開時の石垣 撮影:岡 泰行

令和3年2月の一般公開時の石垣 撮影:岡 泰行

未来への石垣の保存と公開のために

しかし、発掘された石垣は想定以上に風化が進んでいたため、石垣の保存対策が必要となりました。貴重な文化財である豊臣石垣を、将来にわたり良好な状態で保存し公開していくためには、どうしても欠くことができない工程です。
そこで、石垣表面の詳細な調査のうえ、風化を防ぐための強化剤の散布や、剥落等のおそれがある部分の補強、石垣の安定に最低限必要な間詰石の設置などを行いました。

石垣石材表面の風化防止のための石材強化剤塗布作業

石垣石材表面の風化防止のための石材強化剤塗布作業

石垣の安定のための間詰石の設置作業

石垣の安定のための間詰石の設置作業

石垣の保存措置が終了し、より安全に工事を進めることができるよう、石垣の保護養生作業を行いました。
工事の完了まで、石垣の姿は見えなくなります。

工事に備えて保護養生された石垣(令和4年9月)

工事に備えて保護養生された石垣(令和4年9月)

皆さまからの多大なご支援をお願いします

おかげさまで、これまでも多くの方々からのご支援により、令和4年10月末時点で約3億9,800万円のご寄附を頂いております。しかしながら、「太閤なにわの夢募金」としての目標総額5億円にはまだ届いておりません。
秀吉が築いた初代大坂城の貴重な石垣を、将来にわたり保存し公開していくためにも、皆様からの多大なご支援をお願い申し上げます。

目標金額と使途

今回のクラウドファンディングでは8,500,000円を目標としております。

皆様からの寄附金は、大阪市文化集客振興基金に積み立てられ、石垣公開施設の整備費用など、大坂城豊臣石垣公開プロジェクトのために役立てさせていただきます。また、広く大阪城の歴史文化の魅力向上のために活用させていただくことがございます。

施設完成予定時期

令和6年春

ただし、遺構や建設工事の状況によっては、事業規模や開始時期等の見直しを行う場合があります。

私たちも応援しています!

「太閤なにわの夢募金」サポーターから応援コメントをいただきました!
(五十音順)

小和田 哲男 氏 小和田 哲男 氏 静岡大学名誉教授
公益財団法人 日本城郭協会理事長
小和田 哲男 氏


豊臣秀吉が築いた大坂城は、大坂夏の陣後、徳川の手によって埋められてしまいました。太閤なにわの夢募金は、その秀吉が築いた大坂城のありし日の姿を一部でも目に見える形にしたいと取り組んでいるプロジェクトです。豊臣の栄華を伝えるこの事業にご協力をお願いします。

千田 嘉博 氏(撮影:畠中和久氏) 千田 嘉博 氏(撮影:畠中和久氏) 城郭考古学者
千田 嘉博 氏


豊臣大坂城は今日に続く大阪の原点。そして近世城郭成立の鍵を握る日本屈指の巨大城郭でした。その豊臣大坂城の謎を解く石垣を、わたしたちの力で一緒によみがえらせましょう。「太閤なにわの夢募金」へのご協力を賜りますよう、心からお願いいたします。

高橋 英樹 氏 高橋 英樹 氏 俳優
高橋 英樹 氏


地下に眠る初代大坂城。もし掘り起こされた野面積の石垣を間近で見たら、「秀吉が築いた大坂城はきっとこんなお城だったのでは?」と想像してみたくなるでしょうね。みなさんも見たくありませんか?「太閤なにわの夢募金」へのご協力をよろしくお願いします。

山口 勝平 氏 山口 勝平 氏 声優
山口 勝平 氏


少しづつ見えてきた豊臣の石垣。
歴史に埋もれたロマンをみんなの力で掘り起こして、秀吉公の生きた時代を直に感じたい!
そんな歴史好き、戦国好き、お城好き、そして秀吉好きは集まれーーー!!
もう一踏ん張り!みんなで力を合わせて大阪城を盛り上げよう!!

※江戸時代以前は「大坂城」とし、明治維新後は「大阪城」と表記しています。

※プロジェクトの成果情報は申込み時のデータであり、実際に入金されたデータではありません。

※入金の確認が取れた時点などで正確なデータに修正させていただく場合があります。

ページの先頭に戻る