築150年、歴史を伝える養蚕農家 各務原市重要有形民俗文化財「旧桜井家」の修繕を応援してください!!

築150年、歴史を伝える養蚕農家 各務原市重要有形民俗文化財「旧桜井家」の修繕を応援してください!!

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最終更新日時:2026年06月03日 01時00分

  • # 文化・伝統・祭り
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岐阜県各務原市

各務原市(かかみがはらし)は、濃尾平野の北東部にあり、南側を流れる木曽川を挟んで愛知県に接しています。市の中央には広大な「各務原台地」があり、大正時代には各務ヶ原飛行場が造られたことから、航空機工場の進出とともに町が発展しました。現在の各務原市には多くの航空機産業が集まるほか、自衛隊岐阜基地となった飛行場で毎年開催される「航空祭」には、全国から数万人以上が訪れる航空機の町です。

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築150年、歴史を伝える養蚕農家 文化財「旧桜井家」の修繕を応援してください!!

各務原市について

各務原市は、岐阜県南部に位置する人口約14万人の都市です。市の南側に流れる木曽川は、数万年の昔から「各務原台地」と呼ばれる独特な地形を形づくり、対岸で接する愛知県との県境となっています。

市内の歴史は古く、今から約4,500年前の縄文時代には、人々は各務原台地上の各地に村をつくり、さまざまな石器や土器を使って生活していました。続く古代以降、台地上には東山道、中山道といった街道が通過し、多くの人や物が行き交ったほか、大正時代には国内で二番目の「各務ヶ原飛行場」が整備され、隣接する川崎航空機工場とともに、国内でも有数の航空機の町として発展しました。

文化財「旧桜井家」は、江戸時代からこの各務原台地を拓いた農家の一軒で、縄文時代のくらしを伝える「炉畑遺跡公園」に隣接した場所にあります。明治時代初期の建築とされ、各務原台地の上で約150年の歴史を見続けてきました。

炉畑遺跡公園

遺跡の発掘調査を基に縄文時代の村を再現した炉畑遺跡公園。各務原台地は、古くから人々が生活を営む豊かな地だった。

中山道鵜沼宿の町並み

江戸時代、各務原台地には中山道が通過し、京都と江戸を結んでいた。各務原には52番目の「鵜沼宿」があり、多くの人々で賑わった。

各務ヶ原飛行場(昭和16年)

大正6年から各務原台地には飛行場が整備され、さまざまな飛行機が飛び立った。飛行場や隣接してできた多くの航空機工場には、多くの人々が働き、次第に町がつくられていった。

文化財「旧桜井家」とは?

現在、各務原市有形民俗文化財に指定されている「旧桜井家」は、明治4年(1871)に鵜沼村三ツ池新田の旧庄屋、桜井家が建てた農家です。明治24年の濃尾震災で大きな被害を受けましたが、その後修復再建されました。以来、文化財として市に寄贈される昭和51年(1976)まで、100年以上にわたって桜井家の住宅として使われていました。

桜井家は、この地域では一般的な造りを持つ農家で、木造一部藁葺き(現在屋根にはトタン板がかけられています)の平屋ですが、屋根裏で蚕を飼育できる中二階があります。お隣の岐南町にある岐阜県指定文化財「旧宮川家住宅」でも、同じような特徴がみられます。

各務原市指定文化財旧桜井家(平成23年)

明治時代の農家の面影をよく残している「旧桜井家」。かつてはよく見られたこうした農家も、現在の各務原市ではほとんどみられなくなった。

座敷

屋内には、襖で仕切られて田の字型に並んだ4つの8畳の部屋がある。4つの部屋は、襖を外して大広間として使うことができる。

天井と梁

屋根裏には簀子が敷かれ、その上は蚕を飼育する場所として使われていた。

玄関を入ると右側にはカマドがある土間(どま)と馬屋(まや)、左側は人の居住スペースがあります。大広間として使える畳敷きの4つの部屋は普段襖で仕切られ、座敷(ざしき)、台所(だいどころ)など、それぞれ役割が決まっていました。屋根を支える梁の上には蚕を飼育する場所があって、蚕の育つ初夏や秋には、蚕が桑の葉を食む音が家中に聞こえていました。

「旧桜井家」は、各務原市の文化財として、今日まで保存に努めてきました。

桑の葉を食べる蚕の幼虫

蚕は桑の葉を食べた後、それぞれの繭をつくる。繭からとれる糸は高級な絹の原料となり、農家の生活を支える貴重な現金収入だった。

かつての生活を伝える旧桜井家

旧桜井家は今では珍しくなった土間やカマドが残る懐かしい家です。現在に生きる私たちに、かつての農家のくらしや文化を教えてくれる貴重な文化財でもあります。昔の農家の生活は楽なものではありませんでしたが、自然の恵みとともに生きる豊かな生活でもありました。人が住む家としての役割は終わりましたが、将来にわたっても大切に保存していきたいものです。

しかし、老朽化が進み耐震性が十分でないことから、平成25年以降、旧桜井家内部の見学は中止しています。

旧桜井家の玄関

老朽化が進み耐震性が十分でないことから、見学は外観のみとしている。

150年の歴史を持つ「旧桜井家」が崩壊の危機に!

わたしたち各務原市では、雨戸や障子の修理などは少しずつ行ってきましたが、近年の豪雨や酷暑も重なり、旧桜井家は老朽化による破損が急激に進んできました。令和6年には、南側と東側の庇屋根を支えていた垂木が折れ、一部の屋根瓦が崩落、屋根に穴が開く事態に・・・。

雨に打たれ屋根が崩れた桜井家は、まるで泣いているようです。

そこでわたしたちは、令和8年度からクラウドファンディングを活用して旧桜井家の屋根の修理を計画しました。

まずは屋根の崩落を食い止め、これ以上建物全体に被害が及ばないように修理します。民家として桜井家の外観を保ち、貴重な文化財をより永く未来へ伝えていく取り組みを始めます。

旧桜井家 東側の崩れた屋根

令和6年以来、徐々に崩落の穴が大きくなっている旧桜井家東側の庇屋根。

旧桜井家 南側の崩れた屋根

令和6年以来、徐々に崩落の穴が大きくなっている南側の庇屋根。屋根の隙間から雨漏りが発生している。

文化財「旧桜井家」を未来へ伝えていくために

今回の旧桜井家の修理にご賛同いただける方は、ぜひご協力をお願いします。各務原市では、将来にわたって大切な文化財「旧桜井家」を守っていくためにはどうしたらいいのか考えています。今回の修理が終わっても「別の場所で屋根瓦が落ちるかもしれない」、「台風などがあれば壁が崩れるかもしれない」など、心配は尽きません。

しかし、今回の募集ではじめて、文化財「旧桜井家」を知った、という方も多いのではないでしょうか。まずはみなさんに「旧桜井家」を知ってもらいたいと思います。今回の修理を契機として、市学芸員による説明会を開催し、わかりやすいパンフレットなどの作成やWebサイトによる発信など、さまざまなPRに努めていきます。私たちは、より多くのみなさんに文化財「旧桜井家」を知っていただくことこそが、永く未来へ伝えていく大切な第一歩と考えています。

旧桜井家の解説を聞く小学生(平成22年)

かつては市内の小学生も多く訪れた、学びの場を取り戻したい。

寄附金の使い道

皆さまからいただいた寄附金は、下記の費用として大切に使わせていただきます。

・文化財「旧桜井家」修理にかかる経費

目標金額に達しなかった場合も、上記の費用として活用いたします。
また、目標金額以上のご寄附がいただけた場合については、各務原市の教育・文化・スポーツに関することに活用いたします。

今後のスケジュール

令和8年6月 クラウドファンディング開始
旧桜井家屋根修理開始
令和8年9月30日 クラウドファンディング終了
令和8年11月30日 屋根修理完了・検査

修理完了後、旧桜井家の現地説明会を開催します。詳細が決まり次第、各務原市文化財課歴史民俗資料館のホームページにて告知いたします。

※プロジェクトの成果情報は申込み時のデータであり、実際に入金されたデータではありません。

※入金の確認が取れた時点などで正確なデータに修正させていただく場合があります。

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